2016年9月12日月曜日

調子の波

 前回書いたのがおよそ2週間前だが、あれから1週間ほどは非常にいいペースで読書が進み、そのあとの1週間はだいぶペースが落ちて停滞している。

 こうしたことは以前からよくあることである。今まではここでブームの終息を迎えていた私だが、今回はこれがどういうことなのか考えてみたい。

 まず、そもそも自分の中の読書ブームが始まるというのは、まぁいろいろあれど、まわりの環境(忙しさや生活リズム)と、自分の精神状態がそろったときに、何かしらのきっかけがあって始まるものである。当然、この環境と精神状態は波のように絶えず変化し続ける。

 読書というのは精神的な部分が整っていないと、まず内容が頭に入ってこないものである。これは例えば筋トレや片付けのような他の活動が、(最初のハードルが高くても)やり始めると勢いがつくものとは決定的に違う。自分の頭のなかが何か別のことによって埋め尽くされているときに読書に没頭するのはなかなか難しい。

 今現在の私は上のような状況に近いがしかし、ペースが緩くなった始まりはそうではなく、もっと自然なものであった。それはおそらく単純な脳の疲れだ。

 毎日ランニングを続けると体に疲労がたまっていくのは当たり前だが、たぶん読書を続けたときにも同じような現象が起きている。脳が疲れてくるのだ。特にちゃんとした本を読み続けていると。

 このようなときには読む本のレベルを下げる。古典からエッセイへ、そして最後は漫画へ。漫画は基本どんな時でも内容が頭に入ってくる。このようなバランスのとり方も大事だと最近では思っている。私は前回の投稿でもお察しの通り、「自分のためになるような」読書をつい求めてしまうところがあるが、実際には脳がそこまで成長していない。そこでむしろ清濁併せ呑むという気持ちで、しょ~もない漫画を読んでバランスを取りに行くと。

 だがしかし、たとえ漫画を読むにしても、このようにして消費ばかりを続けていくのはどうしてもきついものである。これも何度も経験した。そこで消費過剰を解消するには、何かを生産することである。すなわちアウトプット、つまりはこれ、このブログを書くということ!そういうことなんです。今書いているのも、消費過剰を解消するためという一面が大いにある。

 また、アウトプットといかないまでも、なんとなく思索をするような、ぼーっとするような時間もまた必要だと思っている。孔子はこう言っている。「学んで思わざれば則(すなわ)ち罔(くら)し、思うて学ばざれば則ち殆(あやう)し」。まぁこういうことですな。

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